2017年9月11日(月)
旅の最後にデンバーのダウンタウンへ。
整然としていて、且つ美しい街並みです。
デンバーって日本で言ったらナニ市に相当するだろう? 「長野市くらいじゃ?」
というオット見解。
(苦情は受け付けていないw)
特に目的があるわけでもなく歩く。
とりあえず
デンバーの町中に日本人街があるそうなので行ってみた。
「サクラ・スクエア」
いかにもJAPANなお名前。
ちょっとした公園のようなスペースがある。
どうやら、
第二次世界大戦中、米国と祖国との狭間で強制収容所に入れられるという
苦難に遭った世代の日系人によるエリアのようだ。
開戦まで西海岸とその周辺に多く住んでいた日本人たち。
1942年以後はコロラド州のド僻地に造られた強制収容所に入れられます。
米国の僻地は想像を絶する不毛の地。
その僻地度は今回の旅でも思い知りましたもん。
人権無視のひどい事態だったと想像します。
この銅像のおじさん・・・いや、ラルフ・カー、コロラド州知事だけは
日系人強制収容に異議を唱えていたんだそうです。
政治家生命を賭けて日系人擁護を貫いた人なので
ここに銅像が建てられ、今でもお花が添えられるのでしょう。
戦前、戦中、そして戦後を通じて
コロラドで生きた日系人家族が暮らしているようだ。
・・・と、いうことは相当高齢化しているだろうし
日系人の人数も減っているだろうな。
2階のレストラン。
日の丸でデコっているけどチャイニーズレストランだもんね。
日本食材が買えるグロッサリーが入店していた。
簡単な和食材ならここで手に入るんだろうな。
BOTAN
カルフォルニア米なんですけどね、
けっこうオイシイんですよ。
しかも日本で買う米よりもずっと安い。
今はもっと美味しいカルフォルニア米が登場しているでしょうけど
ワタクシ、米国暮らしの頃はこのBOTANちゃんに救われていました。
トライステート仏教寺院。
米国に移住しても仏教徒であり続ける人もいるよね。
心の拠り所って必要。
1947年、って掲げられているわ。
終戦の2年後に出来てるんだね。
「JUDO」「KARATE」「AIKIDO」
のお教室生徒募集のポスターが。
日本のカルチャーセンター的存在になっているのかもね。
ちょいちょいオレンジ色のTシャツの人に出会う。
この男性もオレンジ。
奥から歩いてくる3名は他人同士だけど
同じオレンジTシャツ。
とオットに訊いたら
あれ、デンバーのフットボールチームの
ブロンコスのTシャツだよ。
NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)でもけっこう強豪チームだから
デンバー人に人気なんだよ。
へー。
広島の赤みたいな感じ?
このレストランもブロンコスのバルーンで埋まってるね!
オレンジとブルー&刺し色に白がブロンコスのテーマカラーらしい。
似合う似合わないにかかわりなく
町のあちこちで同じカラーのTシャツ。
圧倒されました。
さて、今夜はこのレストランで知人と待ち合わせています。
デンバー在住のワタクシの従妹夫妻です。
ワタクシ達と彼女のご主人は初対面。
(尚、彼は米国人である)
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