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島根

17.石見銀山大久保間歩/参加者限定ツアー(後編)@オットの世界遺産と私のファミリーヒストリー

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オットは萩市とその周辺の世界遺産物件が見たいという。ワタシはそのお隣県、島根で自分のルーツ探しをしたい。そういう目的の旅行の記録です。
前の記事より続き 】
2017年5月14日(日)
島根県の世界遺産、石見銀山。参加者限定・大久保間歩ツアーの出発です。

間歩(坑道)入口からは夏に冷蔵庫を開扉した時と同じように、白い冷気が這い出ている。うわ…。間歩から逃れ出たような冷気が恐い。ここと中の温度差を見た目で覚悟します。真っ暗な坑道跡に潜入。江戸時代の初期に掘られ始め、明治になっても更に開発されたという400年の歴史がある大久保間歩です。


ガイドさん「そんな訳で、手掘りの江戸期の部分と、明治に入って火薬と掘削機による部分で
間歩の壁が上下で二段になっています。

ほんと!上部はノミで一刻一刻、まるで彫刻したかのようにこまやかです。下部はザックリですね。

ガイドさん「この幅から江戸期の間歩の高さが120cmだったことが分かります。立って歩くことなどできませんよね。這って進んだと思われます」



ガイドさん「そんな中、江戸期は何で灯りをとったか。ろうそくじゃないんです。コレ。サザエの貝殻。この中になたね油を入れ、こよりのような芯を浸して灯りを灯しました」

真っ暗な中、高感度で撮ってこの仄明るさ。無理でしょ、これ!

ガイドさん「20、30分で目が慣れると当時の人は言っていたそうですが現代人には無理です。
鉱夫たちはこの灯りで一般の鉱石と銀の鉱脈を見分けていた。驚異ですよね。当然目が悪くなり、若くして視力を失うのです」



ガイドさん 「ちなみに、島根県大田市のゆるキャラはらとちゃんといいます。サザエの灯り、螺灯(らとう)からのネーミングです」
いや、らとちゃん!その明るい笑顔の割に、利用現場の実態が悲しすぎでしょっ(涙)


ガイドさん「人が一人、ようやく潜り込める隙間に入り込んでノミで一刻一刻掘り進めます。
坑内の空気は悪く、粒塵を吸って肺の病気になります。平均寿命50歳の当時に於いて、彼らの平均寿命は30歳でした」

「あ、今コウモリが飛びましたね。ここはコウモリの越冬地なんです。なので冬場は閉鎖しており、このツアーもお休みです」


ガイドさん 「高所の作業も非常に危険でした。これは、高所作業用の足場にした丸太です」
「そうまでしてここで働く理由。近隣の百姓の次男、三男です。彼らには行き場がありません。労働は過酷、健康も失い、短い生涯。けど、破格の高給が出されていました。
家族手当も、年金も出たのです。いったい、どんな生き様だったのか・・・
文字が書けない人達なので日記等を書くことはなく、分かっていません」


ガイドさんに「枝抗に進みますねー」と言われて、進んだ先の画像がコレだったと思う。
マジ、狭い(汗)閉所恐怖症マックスで記憶が薄いワタシw
足元には水がずいぶんと貯まっている。長靴支給されるのも納得。マンガンを含む、黒い水なのだそうだ。


ガイドさん 「絶滅危惧種の海老がいます!体長1cm以下でヨコエビの一種、メクラ海老と呼ばれています。暗闇の中で目が退化したんですね」海老はめくらに・・・鉱夫も・・・ですか。


ツアーの終着点です。
ガイドさん「今はここで行き止まりですが、2017年7月からこの先まで行けるように只今準備中。見学者用の階段ができあがりました」(スミマセン、当記事は2017年5月訪問時のはなしです)


2017年7月から見学可能の新スポットは「福石場」と呼ばれており、石見銀山最大の採掘場だそうです。
ガイドさん「公開したらまた来てくださいネー」
高感度で撮ってようやくこの画像。ブレブレのぼんやり画像ばかりでスミマセンでした!


来た道を引き返す。
外界が見えた!たったの30分間なのに陽の光が恋しい。脱出するかのように、ついつい足が速まる。人は暗がりでは心が辛くなるのだ。そして、鉱夫さんたちの人生について考えさせられたせいもあるね。


大久保間歩からさらに山を登った所にある「釜屋間歩」を最後に見学。岩壁を加工したのだな、ということはなんとなく見て取れ、左手の方には階段がはっきり残っています。


ガイドさんが復元図を見せてくれて様子が分かりました。岩場を削って作業場の一部にしていたんですね。

ガイドさん「山師の安原伝兵衛が発見し、トータルで13.5トンもの銀を産出した間歩です」

ガイドさん 「安原伝兵衛は伝説の山師で、その銀の産出量故に家康にもお目通りを許された人です」
「山師は植生を見て銀を掘り当てるとも言われています。白山旗竿(ハクサンハタザオ)と羊歯の仲間のヘビネノゴザは銀の鉱脈を好んで生えるんです」



アタさんのFC2ブログ「花っていいね!」から戴き画像の白山旗竿(アタさん、画像使用の許可をありがとうございました)

「石見の銀がなかったら日本の歴史は違うものになっていたでしょう」
石見の銀の採掘量は当時の海外にも知られます。
それが南蛮貿易を呼び、欧州がジパングに向かう動機になっていったのだと思うと、石見銀山の稀少性が理解できました。
自力で見学しただけでは石見銀山の本質は実感し難いと思います。ガイドツアーをおすすめします。


地味目なんじゃなかろうか?思っていたけど、石見銀山おもしろかった!今夜は温泉津、と書いて「ゆのつ」と読む温泉地に泊まります。
つづく
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4 Comments

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ふわり♪  

2018-06-15 12:26

閉所の見学、かなり圧迫感があったことでしょう 私はきちんと背が立てば場所によっては耐えられますが、それにしても過酷な場所だったんですね。視力を失うとは
読み応えのあるレポ、ありがとうございました

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こにゃくう  

2018-06-15 23:19

> ふわり♪さん
閉所・暗所恐怖症の人は覚悟が必要ですね。
なるほど。背が立てば大丈夫なんですね。
私の場合は、ひとりぼっちじゃないんだ!と言い聞かせれば大丈夫っぽいとこの時分かりました。

すっごく長い記事でしたのに読んでくださってほんとにありがとうございました!!

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mihi♪  

2018-06-16 13:43

作業員さんの平均寿命30年って…😢。
いくらお給料良くても、この暗闇で、粉を吸っての作業過酷すぎます😢。
本当にお疲れ様でした。と、伝えたいです。

こにゃくうさんも閉所の暗い中、一生懸命の写真と観察ありがとうございましたm(__)m。

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こにゃくう  

2018-06-18 14:44

> mihi♪さん
こんなに長~い記事を読んでくださってありがとうございました!
明治時代の女工さんみたいに労働条件も悪くてお給料も安くて・・・じゃないところが
徳川政権の賢い、いや悪賢いところでしょうか。

ほーんと真っ暗でした!ガイドさんがサザエの殻の灯りを見せるため、全員が懐中電灯を消した瞬間は真の暗闇を体験しました。

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