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岩手

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)

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前の記事より続き 】
2018年6月25日(月)
八幡平エリアの旅はおしまい。
JR盛岡駅めざして国道23号線、通称八幡平アスピーテラインを下ります。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
道中、気になるスポットを見つけたらちょいちょい立ち寄りつつのドライブです。
「赤沼神社ってナニ?」「遊歩道、って書いてあるよ」「気になる~。行ってみようよ」

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
それは「赤沼」または「五色沼」とも呼ばれる沼への道でした。はりきって下り始めたものの、木道が無い湿地帯に突入。これから新幹線に乗るのにドロドロの靴では悲しいので途中退却です(涙)
熊よけ鐘越し、奥に見える水面が「赤沼」でしょう、たぶん。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
いや~、とんだ無駄足やっちまったねー。お、ちょうどいいところに公衆トイレがあるよ。こんな場所(失礼です)なのに立派でキレイそうだね!使わせていただこう・・・と立ち寄ったこのトイレが、想定外に興味深かったのでした。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
岩手県北バス「御在所バス停」のパブリック・トイレ。こんなに立派なので道の駅かしら?とも思ったが、売店すらないトイレのみの施設です。ご用事が済んでだからさっさと立ち去るつもりが、オットが壁の掲示物を前に、腕組して見入っていますよ。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
「こにゃくう、コレ見てみろよ」(オット)アートギャラリーっぽく掲示されているけど、何やら興味薄い写真・・・とワタシはスルーしていたのに、オットはちゃんと気づいた。「コレ、昔の松尾鉱山の写真だよ」(オット)

ま、まつおこうざん!

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
1972年(昭和47年)に閉山した、岩手の硫黄鉱山です。八幡平の山奥なのに、こんな団地群を備えたひとつの町が存在していたのでした。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
人口1万5千人、鉄筋4階建の住宅群が標高1000mの岩手県山中にすでにあった、という日本の高度成長期の驚くべきワンシーン。
そんな過去の記録写真たちを、丁寧なパネルに仕上げて展示していたのでした。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
昭和40年代になると会社存続の危機が訪れます。石油精製の工程の副生成物として硫黄が採れてしまう時代がやってまいりまして、苦労して硫黄を採掘する必要が無くなってしまった。あっという間に硫黄鉱山は採算の取れない事業になり…閉山。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
現在では木造建築物は跡形も無いのですが、鉄筋コンクリート製の構築物は廃墟となって今でも無言でそこに居ます。ワタシ廃屋好きという変人なので、以前このあたりの温泉に来た際に立ち寄ったことがあります(過去記事:松尾鉱山は廃墟マニアの有名スポット

すぐ近くだ。久しぶりに松尾鉱山に寄ってみる?
再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
アスピーテラインを盛岡に向かって下っていくと「学習院前スノーシェルター」という、雪囲いが現れます。トンネルにあらず。雪除けです。なぜ学習院か?それは松尾鉱山の敷地内に、あの学習院の宿泊施設があったから!

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
ちな、学習院前スノーシェルター東サイドの開口部。ここから入り込むと廃墟群にぐっと近づける。けしておススメはしませんけどね。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
本道はこっち。「学習院前スノーシェルター」を抜けて200m程。岩手県北バス「緑ヶ丘」バス停が現れたら右折。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
やあ、4年ぶりだね松尾鉱山。変わらずに異彩を放つ廃墟っぷり。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
ワタシがこの閉山した硫黄鉱山にシンパシーを感じるのは、オットも硫黄鉱山出身者だからかもしれません。
昭和のこの時代、日本には他にも大きな硫黄鉱山がありました。長野と群馬の境界あたりの高地に存在していた「小串鉱山」が赤ちゃんだったオットと新婚義両親の最初のマイホームでした。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
幼かったオットは記憶すら無いと思うけど、義父は就職した硫黄鉱山会社の将来を、明るいと信じて疑わなかったのだろうと思うよ。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
ここ松尾鉱山とオット一家の小串鉱山はほぼ同時期に倒産しています。オット一家が住んでいた山中の廃墟を捜索したのも強烈な思い出です。過去記事コチラ→(生家、発見!★オットの生家を訪ねる旅・その5)この頃の日本って、今では信じられないところに突然の人口密集地があったのね。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
この、渋めな建物は・・・

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
パネル写真にあったコレだよね!ああ、こんなにピカピカだったんだ!廃墟って面白い(←変な人ですごめんなさい)

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
尚、天皇陛下とその弟の秋篠宮殿下&妹の清子さまも学生時代に宿泊した、という学習院の宿泊施設跡がコチラ。建物の名残は何もありませんが。元鉱山病院を宿泊学習施設に転用していたそうですよ(汗)

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
さて。とっくの昔に倒産した鉱山跡に、なぜきちんとした道路が取り付けられていて、国道からのアクセスも容易なのか?
それは、松尾鉱山が残した負の遺産が巨大過ぎるから。倒産して約50年経つのだけど、汚染水処理を続けている現実があります。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
岩手県予算を使って、松尾鉱山跡から出てくる廃水の中和作業をやり続けているそうだ。
その額、年間5億とか。アスピーテライン沿いに「中和施設」と掲示された看板は、そーいう施設なのでした。この中和作業、いつ終わるとも知れないエンドレスなのが達悪い(中和作業の見学ができるそーな

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
高度成長期という特異な時代は日本を飛躍させたともいえるけど、迷惑な置き土産も残してドロンしていったのだね。鉱山閉鎖でノスタルジー・・・だけではない一面もあることを知って欲しい。それが、あのトイレの掲示物なのでした。

再びの松尾鉱山跡@秋田八幡平、温泉とトレッキングの旅(8)
ああ、それでも岩手山は美しいわ。では、高速に乗ってJR盛岡駅へ。
つづく:盛岡じゃじゃ麺初食べ 】

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2 Comments

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大きな問題ですね

ふわり  

2020-07-15 13:53

鉱脈を傷つけてしまったがために、鉱毒水を止めるという根本的な解決はできないっていう話なんでしょうか。
福島第一原発だけでなく、見て見ぬふりをしている負の遺産は、あちこちにあるんですね。
廃墟もまた、わざわざ壊して廃棄物を出すよりも、このまま置いておく方がマシってことになるんでしょうか。
うーむ。

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こにゃくう
To ふわりさん

こにゃくう  

2020-07-16 01:47

掘ってしまうと以後は雨水、地下水は常に鉱物が溶け込んだ水になって流れ出続けるんですね。
そのまま川に流れこんだらとんでもないので中和処理施設を動かし続けるしかないわけで・・・
私も福島原発のことを連想しました。処理施設が何かの災害で崩壊でもしたら、えらいことが起きるなあ、と恐ろしく思います。
コンクリート建造物はなぜ残しているのかなあ。もしや、アスベストで手を付けることができない、とか?(((;゚Д゚))ガクブル

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