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京都

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上

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前の記事より続き】
※当記事、大変な長文になってます。お時間とご興味ありましたらお付き合いください※
2019年11月25日(月)
京都、南禅寺界隈に行って「インクライン」という、一見しただけでは何だかよくわからない線路とナゾの台車を見た人は多いことでしょう。
びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都・蹴上
コレ。ワタシも初めて見たとき、台車の上に船が乗っている事態にますます謎だったっけ。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都・蹴上
たいてい「いんくらいんってなんだろね~?」とか言いつつも、深く追及されることなく線路ではしゃぐ画像を撮るスポットになっているね。桜と紅葉の名所でもあるし。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都・蹴上
余所者でも京都好きが高じると、ここが明治初期の京都人たちが造り上げたとんでもない施設の、ほんの一部であると知るようになります。
2014年、オットと京都に来た時に「琵琶湖疏水記念館」という京都市水道局のお地味な施設で「明治京都のとんでもない施設の全容」を初知りしたのですけどね。その時の水道局職員さんの「閉鎖されて67年経つ琵琶湖と京都蹴上を結んでいたトンネル内の水路船を復活させる計画があります。今は虫だらけで観光客は呼べませんけどねw」という話が忘れられませんでした。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都・蹴上
虫だらけのトンネルはいつ復活するのだろう?とウォッチし続けていました。で、2018年春に京都市やり遂げました!しかし、予約殺到で2018年は乗れず。2019年11月のこの日に予約が取れたという次第。(通年ではなく3~6月、10~11月に運航)AM9:00の乗船予約に合わせ、JR大津駅に来ています。

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人生初大津駅下車です。大津宮以来の歴史があるし、市電が走っている町って好き。旨い店の気配が漂う鰻屋さん発見。気になる。いつか別件で訪問したい町だ。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都・蹴上
きょろきょろしつつ歩いていたら、なにコレ!堅牢な城の石垣のような。水門もあるね。大津閘門(こうもん)、びわ湖疏水船はここが乗船地点なのでした。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
本日AM9:00からの乗船に当選した12名を待ち受ける京都市水道局職員さん。通常は一般人立入り禁止施設なのでゲート前でひとりひとりを確認。現在でも京都に水を供給している重要な施設だから当然ですね。滋賀県大津市に在りながらも、ここは京都市水道局の建物です。

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早めに到着しちゃった人はプレハブの待合室で琵琶湖疏水のDVDなど見て待ちます。時間になって、事前レクチャーを受けるために隣の堅牢かつ地味目なビルに移動。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
疏水ガイド、アッキー氏のレクチャーは重要です。真っ暗な水路内で危険が無いように。
尚、乗船料金はコースと乗船日で異なります。非常に細分化されているので、公式HPのカレンダーを見て確認を。(ワタシのコースはひとり8000円)

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
いよいよお船に乗るべく、お外に移動です。水門、スゲー。パナマ運河みたい!(←語彙力)経年で得た風格があります。石の部分とレンガ製部分が痺れる古さ。明治初期ですから、洋風で最先端の技術だったのでしょう。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
ガイドのアッキー。「ここから琵琶湖は数百メートルの距離です。鉄の板を上げ下げすることで水位を調節しています。京都市の権利分の水が流れるように、です」

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
船の通り道でもありますから「昔はせっせと開け閉めして船を通過させていました。琵琶湖と疏水側では50~60㎝水位が違います。このあたりで水深1mです。大人なら立てるかな?とお思いでしょう?秒速1mの水流。流れが速くて立てません!」(アッキー)

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我らを迎えてくれたピカピカのお船、れいわ号。屋根が透明、完全吹き抜け。座席はイイ感じに斜めになっているという気配り仕様です。座席に置かれた青い棒状の物体は腰巻型のライフジャケットでした。「シートベルト着用は義務です、ヨロシク」(アッキー)

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
スタート地点ですでに見えているのが第1トンネル。今からその中へ向かって進行中。全長2436mのトンネルは、1885年の日本に於いてはもちろん最長。現代のような重機など無い時代ですから、手作業で掘った!というのが驚異。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
アッキー「この第一トンネルの上は、中腹に有名な三井寺がある長等山です。トンネル入り口に扁額が掲げられていますね。伊藤博文の揮毫です。」
ツアー中、各所にThe明治な扁額が現れるのですが、山縣有朋、三条実美、井上馨…とビッグネームばかり。この疏水事業への期待の高さの現れですかね。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
真っ暗で何も見えないのかと思っていたけど、船からライトを当てていて手元でメモを執れるほどには明るいです。
アッキー「行く手に見える小さな光は2436m先の出口です。明治時代は直線状にしか掘ることができませんでしたから、まーっすぐ先に出口が見えます」

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アッキー「えー、皆さま。この第一トンネルは通過に20分かかります。つまり20分間景色が変わりません!」乗客の笑いを取りつつ、案内を続けるアッキー。アッキーのトーク力はすばらしく、20分間興味深い解説を矢継ぎ早に繰り出し、景色皆無なのに飽きさせなかったのでした。パチパチ!

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アッキー「右手の壁に2本のロープが渡っていますね。上は電気ケーブルです。が、下は昔、びわ湖に向かう船が使っていました」びわ湖に向かうのは水流に逆らう形になるから、船頭さんはずーっとこのロープを手で手繰りながら大津まで戻っていた!というお話。どんだけの腕力~(驚)「3時間かかったそうです。船にエンジンがついている現代は35分で戻っちゃいます」(アッキー)

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
「トンネル内に扁額がひとつあります。三代目京都府知事の北垣国道。宝祚無窮(ほうそむきゅう)、皇位は永遠であるという意味です」(アッキー)
約70年間閉鎖されていた真っ暗なトンネルの中、この扁額は誰にも見てもらえずにここにいたのか。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
昔々の京都のこどもたちは、遊びでトンネル内で泳いでいたんですって!
「もちろん真っ暗な中です。流れに任せればいずれトンネルは抜けられるわけですけど、昔の子供は度胸があったんですね。この状況で泳げますか?」(アッキー)

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
「この先、無料のアトラクション・タイムです!」(アッキー)いきなり船の屋根に滝のように大量の水が落ちてきました。(↑画像で筋状に光っているのが落下する水)
透明板の屋根は、雨のためというよりもこの水のためだったのね。
「この上に竪坑がありまして、雨水が貯まって穴に流れ込んできてしまう」のだそう。1週間雨が続けばこの4倍は落ちてきて、船の屋根は壊れそうな勢いになるそうな。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
通過は一瞬だったのだけど、穴に向けて撮ってみた。明るく光が写っている、ということはこの上は外界ね。
トンネルを左右からだけでなく、竪坑を真下に向かって掘り、4方向から掘り進めれば早く掘れるだろう、という作戦でこの竪坑を掘ったそうです。「穴は直径5.5m、深さ47mです。2、3人で掘りましたが難工事で、17人の殉職者が出てしまいました」(アッキー)


びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
整った馬蹄型のトンネル内ですが、これは明治期のままではなくて昭和42年に大改修をしたもの。(当初は、水が浸かっている部分は石垣で、それ以外はレンガが剥き出しだった)
をを~、出口が近づいたぞ!助かるぞ!(←チガウ)
揺らめく波紋が反射してトンネル出口が不思議なことになってるわ。薄っすらと紅色が刺しているのは、外界の紅葉が映っているから。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
第1トンネルを出た瞬間がシャッターチャンスであり、20分とはいえ暗闇から解放されて、ほーっと息をつく瞬間。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
ワタシのへっぽこな撮影ではこれが美しさの限界。先頭の席に当たった人がラッキーですね。尚、席は予め決められていますし、乗船中に立ち上がるのは禁止です。各自、できる範囲でがんばって出口の一瞬を捕えましょう。桜のシーズンも美しいと思います。

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第1トンネルの出口を振り返ってみる。出口の扁額は山縣有朋。

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水路をイッキに塞げるような門が造られています。新しい物のようですが?「阪神淡路大震災の経験で造られました。大地震で琵琶湖が氾濫した時には、これを落として遮断します」(アッキー)

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右手から伸びる枝は、桜の樹ですね。今は楓の赤やイチョウの黄が美しいですが、春は桜が頭上を覆う航路になるのだろうな、というのが想像できます。

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昭和期に新たなトンネルも造られました。諸羽トンネル、520m。JR湖西線を作るため疏水を一部分埋め立て、ルートを変えることになり、昭和45年に新たに掘られたトンネル。
アッキー「諸羽トンネルを抜けるといつも鷺が・・・あ、今日もいますね」(画像左手)

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
この辺りは京都山科。有名寺院もあるエリアです。画像に写る安朱橋を渡ると桜も紅葉もステキな毘沙門堂があります。桜シーズンのこの界隈は圧巻だったなあ。
かつて、この橋を渡りながら疏水を見たときにオットがこの琵琶湖疏水に興味もっちゃった切っ掛けの橋。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
次々現れる山科の紅葉を眺めるクルーズ。右手に安祥寺と洛東高校。「洛東高校のOBは近藤正臣さん、小林薫さん」(アッキー)
元大和証券会長の鈴木茂晴氏もおる、と知ったのはその後。日経の「私の履歴書」読んでたら『琵琶湖疏水で泳いでいたから洛東高校では水泳部に入った』って書かれていたわ。
疏水で泳いでいた悪ガキのひとりは氏だったかー。(ほぼ過去の悪行告白のような連載でやばかったw)

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アッキー「疏水の幅が広まりました。安祥寺の船溜り。左側が水深50㎝と浅いので船も右寄りを進みます。船外機が無いので浅くても船はすれ違えました。この辺りは、プール代わりに子供が泳いでいました」うん、鈴木少年な。

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流れに逆らって大津に向かう際、トンネル内は壁に渡されたロープを手繰って船を進めたわけですが、このように広い場所はどうしていたか。
「船首にロープを繋いで、船頭は船を降ります。疏水脇に設けられた綱引き道を引っ張って歩く」(アッキー)と、驚きの方法で戻っていたそうな。(画像は本圀寺橋。斜めにかかって朱塗り。雰囲気あります)

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この辺りも紅葉がみごと。疏水べりを歩く人も皆無なエリア。こんなに静かな京都の紅葉狩りもイイわー。

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第2トンネルに突入。水路上で一番短い124m。入る前から向こう側がくっきりと見えていますものね。

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アッキー「馬蹄型トンネルですが、進むと形が変わるんです。出口近くになると天井が高くなります」と解説されるも、まったく実感できないままお外へ出てしまった。

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ワタシこにゃくう、なんでだか橋がスキなんです。乗船中、次々と個性的な橋が現れます。「この小さい橋は日本で初めてのコンクリート製の橋です」(アッキー)
現代の素材で思いっきり補強されちゃってますけど、たしかにコンクリートの板が守られるように挟まってるわ。欄干ナシの橋だったそうです。

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明治期に於いては、新工法で橋を造る!という、画期的な実験だったのね。昭和7年には讃える石碑まで建てられます。それまで橋といえば木造か石、明治になってレンガ、鉄…までしか考えられなかった日本です。鉄とコンクリートのコラボ、鉄筋コンクリート!の情報がフランスからやってきた。田邊朔郎(琵琶湖疏水主任技師)にとってはこの橋造りは未知への挑戦だったのでしょう。(コンクリートって混凝土って書くんだ~)

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いよいよ最後の第3トンネルに進入。うっとりするデザインだなあ…

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第3トンネルの向こうがゴール。おなじみの京都東山、蹴上です。

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れいわ号はこの後、大津までエンジン全開で戻るそうです。「我々は55分で下りましたが、上りは35分です。流れの特性があり、35分でしか帰れません。疏水が浅くて狭いでしょう?そのため波の逃げ場がないんです。波から逃げるように、サーフィン状態で帰ります」(アッキー)それも面白そう!「扇風機を浴びっぱなしの体感で寒いですよー。楽しいという人もいますが」(アッキー)

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思いがけず、ゴールが洋館でびっくりです。「旧御所水道ポンプ室。疏水の水を御所の防火用水として送るためのポンプ室として建てられました」(アッキー)

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京都国立博物館や赤坂迎賓館をデザインした片山東熊も加わって造られたポンプ室ですって。日本一ゴージャスなポンプ室では?

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豪華ポンプ室をこの近さで見れるのはツアー参加者だけ。立入禁止エリアなので、フツーの人は離れた所からなら見ることはできます。内部は相当傷んでいる様子。外から見るだけでしたが、見学可能レベルまで修復するのは予算がかかりそう。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
ネオ・ルネッサンスの洋館は、誰も中に入ることなくずっとここに建っているのね。片山東熊の無駄遣いw

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
明治の日本人が大事業を、しかも短期間で(たった5年!)やり遂げたパワーの痕跡が、ツアー中の風景に溢れていました。

びわ湖疏水船乗りました@滋賀県大津→京都市蹴上
翻って、令和の日本。もはや国力下降、未来不明瞭の国になった感あり。明治の日本人は、京都人は熱い思いで猛進していたんだなあ。
(琵琶湖疏水事業の主任技師、田邊朔郎氏の銅像。21歳でこの事業を指揮したというのがまたスゴイ)
【つづく:無鄰菴へ

《追記:びわ湖疏水船とコロナについて》
2021年春シーズンの乗船は4月25日~6月27日すべての運航が中止になりました。次回、2021年秋シーズンの募集はあるといいけどなあ。

3月5日から乗船予約販売受付開始!「びわ湖疏水船」2021年春シーズン乗船のご案内 | 京都市観光協会(DMO KYOTO)

3月5日から乗船予約販売受付開始!「びわ湖疏水船」2021年春シーズン乗船のご案内 | 京都市観光協会(DMO KYOTO)

3月5日から乗船予約販売受付開始!「びわ湖疏水船」2021年春シーズン乗船のご案内|京都市観光協会

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4 Comments

There are no comments yet.

YOSHIKAITI  

2021-06-30 00:15

大津側の第一トンネル付近は私の小学校の通学路でした。グランドからよくボールが疎水に落ちて無くしたものでした…

EDIT  REPLY    
こにゃくう
To YOSHIKAITIさん

こにゃくう  

2021-06-30 13:52

YOSHIKAITIさんの思い出の疏水だったんですか!
たしかに、絶対に侵入できないように柵が厳重ですから、
ボールが入っちゃったら泣いて諦めるしかないですね。辛っ
でも、疏水沿いの桜がとびきり美しい小学校だったことでしょう。

EDIT  REPLY    
これ、読みたかった!

ふわり  

2021-07-08 14:22

疏水船が開始された翌年に、もう乗られたんですね。しかも見事な紅葉の時期に!
いつだったかこの話をこにゃくうさんとしたような記憶があります。
2014年のインクラインの記事とリンクされたら、さらに読みごたえが倍増になるのでは?
行きたい人続出の感動物語です。特に鈴木少年のくだり(笑
ちょっとばかり閉所嫌いには堪える空間に思えますが、大丈夫でしたか。

今は私は「ここでこれが見たい」という思考回路を脳内排除しているので、目的は「行く」だけになっています。
しかも今日ラジオで聞いたことには、ニューヨーク知事だったかな、ブロードウェイが完全に復活できるのは来年夏以降、観光客が完全に戻るのは2025年だろうと言っているそうな。
だったら、もう私は海外には行けそうにないです(涙

EDIT  REPLY    
こにゃくう
To ふわりさん

こにゃくう  

2021-07-09 10:04

〉いつだったかこの話をこにゃくうさんとしたような記憶があります。
そうでしたね!コメントのどこかでお話した記憶あります。ノロノロのアップで今頃になりまして…スマセン

長い記事ですのに読んでくださってありがとうございます。閉所恐怖症泣かせの船かと身構えましたが、行く手に外の光が針先で突いたように見えているので大丈夫でした。どうやら、完全密封がダメな体質みたいです。あと大気が動いている空間ならセーフw

NYの観光が戻るのは2025年説。そんな感じかもしれないですね。コロナが収束しても、次の病が流行することもあるかも、と思います。

〉だったら、もう私は海外には行けそうにないです(涙
そう仰らず~。でも、他国の観光業が疲弊していたらコロナ前と同等の旅は不可能かな、と心配にはなります。




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