2022年5月5日(木)ゴールデンウィークで帰省したムスメを伴って群馬の温泉へ。ドライブ中にオットが言います。「埼玉にね、小学生の頃から憧れていたスポットがあって。ちょっと寄って行きたい」と。
「ふーん。いいよー」と駐車場到着。予備知識ゼロのワタシとムスメが「ナニコレー!」と盛大に気味悪がる光景が。
ナニコレナニコレナニコレ!山の斜面に穴が!しかもいっぱい。キモチワルイんだけど?でも気になる~。
吉見百穴という史跡でした。読み方は「よしみ-ひゃくあな」まんまですな。大人300円お支払いで入場だ。コレが何なのか知りたいぞ。キモイけど。(埼玉県吉見町Webサイト)
百穴どころか200以上あるって。ワタシには巨大化した蜂の巣に見える。が、間違いなく人が造ったものよね。好奇心のままに観察できるように石段が設けられています。接近して見てみよう。
穴は古墳時代(6~7世紀)の墓であることが大正時代に判明、と案内板が教えてくれました。その前の明治時代には『コロボックルの住居説』があったというのが楽しい。明治期の東大院生の発想、ほぼワタシの巨大蜂と同じ方向性w そっちの方がおもろいやんな。江戸期にはすでに不思議な穴がある、と認知されていたって。
穴、っていうか墓穴に接近して思うのは、簡単には掘れない堅い岩山だということ。これ、その人が死ぬ前から予め用意していないと間に合わなかったんじゃ?「ファラオが即位したら自分のピラミッドを造り出す、的な?」「エグイな」妄想が止まりません。
いくつかの墓穴は中に入れる。コレ、秘密基地ごっこに最適物件では?(←バチが当たると思う)
こちらの墓穴などは四角形の入口がキレイに整ったまま。上手に造ったわね。あれ?白い光の輪…オーブ?(汗)
おじゃましまーす。割と広くて3畳間くらいあるかなぁ。1穴におひとりさまではなく、ご家族雑居で埋葬していたそうです。死者のお宅だと思うと中央の盛り上がり部分もなんだかリアル。ご遺体を置いたところだよね。ガクブル
副葬品もご遺体の形跡も何もなくなっているからお墓感薄いけど、弔った遺族にしてみたら思いを込めた穴なのだろうな。我に返るとコワイです。ムスメとキャッキャ言いながら見れたから気が紛れたけど。
一部の墓穴には天然記念物が生息している、と案内板。「国指定天然記念物 ヒカリゴケ」入れないけど、覗き見できます。奥の壁際、鮮やかな黄緑色の物体。
北海道や中部以北の山地にいる苔。それが関東の平地に自生しているのがレアなんだって。
自然発生の苔はともかく、軍需工場を造っちゃったのはイケないよねー。戦争末期昭和19年末~20年、この墓穴を改造して地下で戦闘機の部品作りをしていたって。それバチ当たるわ。
軍需工場エリアは立入禁止です。格子越しに覗いてみる。屋外の工場はことごとく米軍の空襲で潰されて、ついに人のお墓を壊して工場を作るとは。そりゃ負けるわ。
古墳時代の埋葬カルチャーと天然記念物と戦跡が合体している謎史跡。おもしろかった!にしてもこんなところに行きたがった小学生も謎だな、オットよ。
次はワタシが行きたかった場所へもネ。
石田堤とは…石田三成が忍城を水攻めしようと5日(1週間説も)で築いた堤です。(行田市石田堤webサイト)200mほどではあるけど、堤の形跡だと分かるように残されていておもしろい!
興味ないのに両親のヘンテコなリクエストにお供してくれたムスメよ、おつきあいありがとう。次は温泉に行くよ。日々の労働を癒してくれたまえ。
【吉見百穴】アクセス・営業時間・料金情報 - じゃらんnet
吉見百穴の観光情報 営業期間:休業:年中無休、交通アクセス:(1)東武東上線「東松山駅」下車、川越観光バス「免許センター」行き 乗車 「百穴入口」下車、徒歩 5分。
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