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国内おでかけ

生家、発見!★オットの生家を訪ねる旅・その5

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    一言メッセージで 「ちょいと旅行中です(1/13)」と掲示したきり
    さっぱり音沙汰がなかったこにゃくうです。
    「こにゃくう、どうした?」 「ついに行旅死亡人か?」
    と思われた方々、スミマセーン。
    いや、旅行からはとうに戻っていたのですがね。
 
    で、では
    シレッと、日本版マチュピチュ(なのか?)の話をつづけてみます…
    ★この記事は長い長い連載となっております。
       過去記事はコチラ →その  その  その  その
 
        注 
     当記事、長文になってしまいました! 
    お時間のある時にご覧ください 
 
  2010年7月某日
 
この探検に先がけて、元従業員のHさんから譲っていただいた、
 往年の小串鉱山の地図。
 の家屋が
 オットの生まれた家だ。
 
青いルートを辿ってみようと思う。 
 この辺りは、社員の家族寮が左右に並んでいたはずだが
 その4 記事中の画像の通り
 遠望すると、一面の森になってしまっているように見える。 
オットの生家跡はどうだろうか?
 

↑ の地図、左上の
  「小串鉱山事務所」 がここ。
  なんとまあ。 
  建物の基礎すら
  森に呑み込まれている。
  あるのはHさんが立ててくれたらしき看板のみ、か。
   ほとんど、古代遺跡状態だ。
    残念。

 負けずに南下してみよう。
ハイ、この有り様 \(_ _;)/ 
 地図では両脇に5軒で一棟になった
 平屋建ての社宅が並んでいた所。
 すっかり何も無い。
 「その割には道がしっかりあるよねえ」 
  山登りを趣味とするオットが言う。
 
  滅多に人が通らない道は
あっという間に消滅するものなんだと

  後から判明した理由はこうでした。
     この探検が終了したその足で地図や資料を郵送してくれたHさんのご自宅へ
     お礼を申し上げに参上したのですが
     その時、Hさん曰く
     「今月は年に一回の小串地蔵堂の慰霊祭があるんだ。
     その後に、小串中学校の同窓会が行われる予定でね。
     卒業生たちが学校の跡地に赴くだろうから
     通行できるようにボランティアの人たちと道の草払いをしたんだよ」
 

     希望を捨てず、Hさんとボランティアさんが復活させた道を行く。
   途中、一箇所だけ屋根が見えた。 
近寄りたかったけど樹木に阻まれて不可。
 
            森が途切れた。 そこに
 

      潰れて屋根だけ残った廃屋発見。 地図でみると「労組事務所」かと。
 
 Hさん達が最後の最後まで
 残務整理をした建物なんだろうな   と思う。
 
        ここからスッコーンと広いだけの風景になる。

     ナニコレ。たぶん・・・小串小学校、中学校、幼稚園があった場所だよ。
 
たくさん並んでいた社宅も
 それなりに大きな建造物の
 小・中学校も
 なーんにも
 跡形もないのはナゼですか?
 ・・・とHさんに質問した。
 
「小串鉱山は北海道硫黄が経営していたけど、土地そのものは
 国有地だったんです。
 閉山した後は、もとの更地に戻して返還せよ、と。
そういう国の命令だったんですよ。
だからできる限り撤去されちゃったのです」

オット実家のアルバムより発掘。往年の小串小学校。

 後ろの木造校舎が
 小串小学校らしい。(義母の証言)   
手前の昭和な幼児はオットです^^; 後ろは義父。
 

 「なんにも残ってないね~」と言いつつ、諦めきれず奥の方まで彷徨うオット。
  おーい、戻って来いよ~
 

         女の子用のサンダルだけが取り残されていた

  この辺りの住宅地は
  こんなだった、という画像がコチラ↓


      人物はオットのお爺さん。つまり義父の実父。(すでに他界された)
     息子の就職先と新婚家庭を見に、遠くから訪ねてきたのだろう。
     彼の後ろ、坂道にそって並ぶ建物が社宅群だ。 
     そして後方の坂道こそ、こにゃくうとオットが掻き分けて通ってきた
     森の道の往年の姿ということになろう。
    
  オット爺様の横に写る川。
 地図ではこうなっているよ。
 
   その川が今やコレ ! 
    小川ですよ~お。 
    山から大量の土砂が
    長年に渡って流れてきて
    こんなに埋まっちゃった、と。
    そう想像するのです。

 
      がっくりしている場合じゃない。 
      生家跡はこの小川の先だ。 探検隊、進みます!
      人が来るのはまず、この小川のところまでだろう。
      この先は草払いもまったくされていなくて、道も消滅している。
      地図から、道の形跡を読み取りつつ進む。


 

  記録を残そうと
   途中、何枚かデジカメを撮ったのだけど
   どう撮っても一面緑色の
   天地も解んないむちゃくちゃな写真に
   なってしまったわい^^; 
   こんな道なき森を行く。
   ここも当時は社宅街だったはずなのに。
 
   で、生家はどこだー! 
   まだ着かないのかー!
 
  ずっと先を行ってしまうオットの
   黒い背中を見失わぬように、夏草と格闘しながら進む。
 
  オットが 声を遠くへ飛ばすように
  ホーイ、ホイッ!!」
と、何度も叫びながら進んでいる。
 
  マズイ。
  オットが熊を警戒している。
 出るかも。出てもおかしくないよね
 
 ホーイ、ホイ! こにゃくうも叫ぶ。
      ※ホーイホイは熊に聴かせて人間が近づいたことを熊さんにお知らせするサイレン代わり
 
  隊長!  
   軽トラの遺跡発見しましたーっ 
   接近を試みます!
 

       ひ~っ。 荷台上に新たな森が形成されようとしていますっ
 

   N 1300 って。 
コレ、日産の軽トラックでまだダットサンの名称で販売していた頃の車だと思います。 
スタイル的に1970年代っぽいから、閉山になった際に
  放置していっちゃったんでしょうねー。  
40年近くここにいたのか、君は!

                  さらに進みます。


    絶望的な森を掻き分けた
   その先が
  ぽっかりと
   太陽の光が差し込むちょっと開けた土地になった。
 
   オットが歩みを止めて言う。
   「 見つけた。 」
 

     「コレが俺が生まれた家だ」 と。
         
 
   壊れちゃってるね。
    たぶん
    雪で潰れたんだね。
    でもさ、
他の家は土台もろとも消滅してるのに
   オットの家だけは壊されずに最近まで建っていた、って
    そういうことだよね?
    ラッキーだったんだね。
    屋根だけでもあるじゃん。
 

 子供用のイスだよ。
  パイプだけだけど。 
  オットの家で使ってたイス? 
  「ちがうだろう~」 
   でも、そうかもよ。
 
 お隣の棟は屋根が健在で
  残っているね。 
  ちょっと山沿いだったから
  それだけでも崩壊が後になっているのかもね。

    オット一家が住んでいたときの写真がコチラだ ↓

 ワカメちゃんカットの幼児はオット。 いっしょに写る婦人はオットのおばあちゃん。
     はるばる小串まで孫の顔を見に訪問してくれた時の写真だろう。
     オットはおばあちゃんが大好きだったそうだよ。(もう他界された)

  さて、
  地図を見ると、オット一家の奥に「職員クラブ」という大きな建物がある。
  いわば会社の迎賓館であり、社内パーティの会場等の役目をしていたらしい。

 
 オット実家のアルバムにも頻繁に登場している社員クラブ。 
  山の中にあるのになかなかの豪華施設だ。
自宅のすぐ前ゆえ、写真を撮る際にバックにすると映えたのだろう。 
 オットの義両親や会社の人たちは
 山中に不釣合いなその豪華さゆえ
 自虐的に狸穴御殿(まみあなごてんと、そう呼んでいたらしい。
  ※画像は赤子のオットと、だっこする義父

    狸穴御殿は、けっこう頑丈だった。 コレ ↓

   まみあなごてん・・・じゃない、職員クラブの現在の姿。 がんばって接近。
 

      2階は木造モルタル造り、1階がコンクリート製だったようだ。
        ゆえに、堅牢な1階部分だけが残ったのだろう。
 
 洗面所だろうか?
   鏡が並んでいるのがわかるよね
   探検後にお会いしたHさんに
 「なぜオットの家とその隣の社宅、そして職員クラブだけが取り壊されなかったのですか?」 と訊いた。
 
 「あの場所は最奥地で途中、他の家屋が途切れるでしょう?
 道も、より崖に沿うように細くなる。
 そんなわけで、こんな奥の分はまあいいか、と。
    そういうことになったんじゃないかな」(H氏)
 
  ・・・とのこと。
  ラッキーだったんだね。オットの家
 
「それにしても」 と、Hさん。 
「あそこまで行きましたか!私ですらここ4年ほど行ってない。
  たぶん・・・あそこまで踏み込んだ人間は君たちだけかもしれない。
ほら、廃屋とか好きな人いるでしょ?
そういう人も来てないんじゃないか?
  ブログか何かに出したら?」
 
  いや~ (^~^;)ゞ と笑いつつも
  このブログの存在を、照れくさくて
  言えなかったこにゃくうを
  お許しください、Hさん ^^;
 
 そしてHさんの奥様がおっしゃる。
「建物の中にね、出るわよ、熊。熊のねぐらになっているみたいよ」
  ひ~ 
  やっぱり~ 
     こんなブログを見て、行ってみたくなった方がもしいたら・・・
             自己責任でね。 出るからね。 

   ホトトギス鳴く 小串の森の奥の奥。
   画像だけではもったいないので動画を作りました。
                                         (注・音が出ます)
 
    冬の今。小串は、オットの生家は、狸穴御殿は・・・みんな雪の中でしょう。
 

  オットの生家を訪ねる旅が終わりました。
 朝7時に歩き出して、毛無峠に止めた車に戻ったのが12時。
 5時間も~。 でも! ああ、楽しかった。 
 

空には模型飛行機が、軽いエンジン音を立てて飛行しています。
「毛無峠はね、電線が無いでしょ?
樹も無いから落下しても引っかかってしまうということがない。
私有地に落ちて取れなくなるということも無い」(H氏)
だから模型飛行機ファンには人気スポットなのだ、とHさんに教わりました。
 

  オフロードバイクの人々にも有名なスポットらしい。 
  ジャリジャリの未舗装道、無人の地、というのが好都合なのかな?
このシリーズがご縁でお越しいただいたパンダ親父さんもバイクで行かれたそう。
 
 昼には多くの人が思い思いの趣味を満喫しに
  小串目指していらしていたよ。 
  誰も来ない寂しい場所になってしまわなくて
  これはこれでいいよね、と思う。
 

     女性ライダーさんが、彼氏に訊いている。
     「わー。あの鉄塔なに~?」  
「昔、ここに炭鉱があったんだよ」
 
           ・・・いや、硫黄鉱山ですからっ ノ(´д`) 
      (鉄索は硫黄を下の町まで運搬し、時には下界の生活用品、食物を小串の町民に運んでくれた)
 
       小串よ、オットと義両親がお世話になりました。 ありがとう。 

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22 Comments

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こにゃくう  

2011-01-27 17:08

WAXさん、長い記事を読んでくれてありがとう!ついでに昭和な映像も見てくれてありがとう!
オットもあの髪型の自分の姿にはちょっと傷ついていたようです(笑)
たぶん、義母がバリカンで仕上げていたのであんなんだったのでしょーね。ザックリ出来上がりそうですわ。
晴天に限りますね。この土地は霧が出やすいので、天気図を睨んで、間違いの無い日を選んだので正解でした。
お子様を起こすのに「ホーッ」って!^^;

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こにゃくう  

2011-01-27 17:27

mappiさん、お越しいただいてありがとうございます。
ご両親ならHさんがお分かりになるでしょう。会社では有名人だったことと想像します。引退した今でも、慰霊祭を運営したりボランティア組織に奔走されたり、なご様子。お年をまったく感じさせない行動力の方でした。
義父のことはご記憶になかったようです。職員でしたが、義父は若造でしたから。
生まれた所が見てみたい、なんて我ら夫婦が中年だから思いついたんですね。中学生のmappiさんでしたら無理からぬことでしょう。実際、うちのムスメは一切興味ないようですし(笑)
あの屋根の赤は「錆止めを塗った色だと思う」とオットは申します。
こんな記事を書こうと思ったことでオットと同郷だったmappiさんとお知り合いになれたのだから縁は異なものです。
長い連載にお付き合いいただいて、感謝です。

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fxx  

2011-01-27 21:39

生家が残ってたのは感動的!
もしかしたら何かおもしろいお宝が発掘できるかもしれませんね~

Hさんにも読んでもらいたいかも・・……(-。-)ボソッ

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sak*r*mari*5  

2011-01-28 10:56

拝見致しました。ご主人様の生家が屋根だけ残ったとはいえ良かったですね!女の子の靴や車の中に森が出来てますね!歳月がものがってますね。

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ナカヤン  

2011-01-28 17:39

はじめまして!
こにゃくうさんの文章のおもしろさ&猫たちの可愛さにすっかりハマリ、実は数年前からこっそり拝見しておりましたが。。。
今回のあまりの大作にどうしてもコメントを入れたくなってしまいました。
ほんとにすごい!
感動です!!

人工的に作ったものでも、自然に還って行くんですね。。。

ほんとに感動です。
小串に行ってみたくなりましたよ。

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こにゃくう  

2011-01-28 21:54

fxxさん、読んでくださってありがとうございました!
跡形も無くなってしまった家がほとんどなのですから、お目こぼしいただいて取り壊しを逃れていたのは運が良かった、とつくづく思います。
Hさんに勇気を持って、この駄ブログをお教えした方がよいでしょうかねえ。お世話になったし、お知らせするべきかな、とも思うのですが。しばし考えます。
うん!あの屋根の下から、40年前の漫画雑誌とか組み立て前のプラモなんて出てきたら、お宝ですよねー。

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こにゃくう  

2011-01-28 22:29

sakuramari1さん、こんな5000文字オーバーに引っかかる寸前の記事を読み切っていただいてありがとうございました!
そうなんです。偶然にもお国の取り壊し命令の目をかいくぐって、屋根だけでも残っていて嬉しかったです。
車を捨てるなんて許せない行為ですけど、ここまで古いと遺跡感覚でいとおしく思えてしまったデス。
まるでダットサンの荷台に植木を積んで運搬中のように見えますねぇ^^

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こにゃくう  

2011-01-28 22:52

ナカヤンさん、ようこそいらっしゃいませ!
ひゃ~~っ、と驚いています。そんな風にこの弱小ブログを読んでいてくれた方がいらした事に。そして、大変うれしく思います。
ナカヤンさんにそう言っていただけると「こんな個人的な記事、書いてもつまんないよな~」と挫けそうになりながらも書き切ったことに大きな意義を感じます。
オットにも知らせなきゃ~!
あ!我が家のガブリエル吟次郎の記事もお読みいただいていたのですね。猫ネタはまた書きますので時に覗いてみてくださいませ。
昭和の高度成長期に、こんな山中に町があったと知っていただけてありがたいです。
いや、私の方こそナカヤンさんのコメに感動いたしました。

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鈴蘭ゴウゴウ  

2011-02-07 18:49

全くお会いしたこともないオット殿の生家を見て胸がキュウウウウン涙が出てしまいました・・・なんでしょう!ココは!日本なの?って思わせる小中学校跡や廃屋・・・こういう時代があってココで生きていた人達の証を垣間見ただけの私でもこんなに郷愁を感じるだなんてきっと実際に生活していた方達は思い入れも深いでしょうね。すぐ実家へ帰れることは幸せなことなのかもなーと思いました。力作にポチ☆

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こにゃくう  

2011-02-10 22:08

鈴蘭5号さん、長いのに読んでくれてありがとう!ポチもありがとう!
むちゃくちゃに壊れちゃった生家ですが、なにか…「気」を感じましたー。
そんな風に丁寧に読んでくれて、記事にした甲斐がありました~\( ̄▽ ̄)/
こんな時代もあったんですね。昭和って波乱万丈の時代だったようですね。
私も実家がスグな人なので、オットの特殊な出自を改めて実感した旅でした。

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裏山の探検隊  

2011-08-20 00:18

こにゃくうさん はじめまして。
偶然、この記事を見つけて感動してしまいました。私の妻も北陸の亜鉛鉱山で生まれ育ちで、息子が生まれる前に妻の出身地を訪ねて以来、小串をはじめとする近場の廃鉱山めぐりにはまっております。
往時の「職員クラブ」や「住宅街」の写真を見ると、時間の経過をかんじざるおえません。
ただ、模型飛行機やモトクロスの愛好家、ハイカー等、今でも小串鉱山や毛無峠に愛着を持っている人がたくさんいることは素敵なことだと思います。

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かず  

2011-08-20 12:17

こにゃくうさん はじめまして。
縁あって小串鉱山跡地に足を運び続けているうちに、その魅力にとりつかれてしまった(こう書くとなんか怪しい感じですが、笑)割と普通の者です。
こんな肉声に近い小串レポートは初めてです。
写真も素晴らしい!
感動しました。
五区には去年の夏に到達しましたが、大変な道でしたよね。
この秋はまた訪れてみようという気分になりました、
ありがとうございました。

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こにゃくう  

2011-08-21 10:10

裏山の探検隊さん、ようこそいらっしゃいませ!感動していただけたなどと…うれしいかぎりです。こちらこと、長文におつきあいいただきありがとうございました。
先ほどそちらに遊びに行って小串の記事を拝見しました。
去年の5月にすでに職員クラブまで行かれていたのですねー。
参考になります。トラバさせていただいてよろしいでしょうか?

いろんな趣味の方が集まってくる毛無峠っていいな!と私も思います。人家がないので迷惑がかかり難いし、こんな場所はそうはないと思います。
オフロードバイクの方、模型飛行機の方、廃屋探検の方、登山、慰霊、旧住民…多くの方がやってくるおかげで住居地がなくなったのにも拘らず、あの道路はまともに整備され続けているんですものね。
皆で利用していって欲しいと思います。
(ゴミが皆無だったのがうれしかったです)

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こにゃくう  

2011-08-21 10:23

かずさん、こんな弱小ブログへようこそたどり着いてくださいました!
私、こにゃくうもフツウの人ですが、けっこう廃屋系好きです♪
小串をきっかけにソノ道に走ってしまいそうです…^^;

お褒めいただいてたいへん光栄です。夏に行かれたのですね!
夏は草木がボーボーでそれだけでも前進するのに苦労しますよね。
秋か、または↑の裏山の探検隊さんが行かれたような芽吹き前がよろしいかもしれませんね。
ただでさえ、霧の発生率の高い小串なのでなかなかドンピシャのタイミングを計るのが難しいですね~。
楽しい小串探検をなさってきてください!

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稗田  

2017-02-04 23:10

こにゃくうさん、はじめまして。
茂みの中を進んでいくのにドキドキさせられながらも、オットさんの生家のところでとても胸に来てしまいました。
いくら地図があるといえ、40年前の家をよく見つけられるものですね!
こにゃくうさん、オットさんがこれからも元気に過ごせますように!

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こにゃくう  

2017-02-05 07:07

> 稗田さん
ようこそ当ブログへ!
コメント下さってありがとうございます
丁寧に読んでくださってありがたいことです。

>いくら地図があるといえ、40年前の家をよく見つけられるものですね!

そうですよねー。私はムリです~^^
義父もそうでしたが、オットも趣味は登山なんですよ。
登山って、地図から地形を正確に読み取るスキルが必須なんだそうです。そんな素養(?)を持っているのもこんな山で生まれたからかもしれません。
小串は今でもいろんな趣味の人がアウトドアを楽しみに来るようで
忘れ去られた土地にならなかったのが嬉しいです。

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ふわり♪  

2017-02-22 17:31

マテーラから飛んできました
この超大作、生家を見つけられたところで思わず込み上げて来るものがありました。
メンバーに合わせて家ではおくびにも出していませんが、私、結構懐古趣味なんで

お義父さま、お若いですね~
しかも、いい感じのお方~
ご主人さまもさぞステキな方とお見受けしましたよ~

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こにゃくう  

2017-02-22 22:28

> ふわり♪さん

リンク先のこの古い記事も読んでくださったんですか!
感謝、多謝!
ありがとうございました~m(_ _)m
もう、ふわり♪さんにお礼の品でも差し上げたい気分です!

義父は登山が趣味だったせいか、抵抗なくこんな山奥に就職したようです。大卒だったので23歳ですね。
高身長で骨格もしっかりしていて、中身もガッツリ体育会系男子でした。
結構モテた男性だったのだと思います。
…で、その息子のオットはその遺伝子を受け継いでいるのか否か??
(笑)・・・ナゾです^^;

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まんち  

2018-11-20 07:54

フランス旅行記を読んでいる途中、こちらの探検記事に寄り道したら、面白くて面白くて。
村役場からHさんを紹介され、往年の地図を手に入れ、山奥に分け入りと、まるでドキュメンタリーを見る気分で楽しませてもらいました。

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No title

こにゃくう  

2018-11-20 22:45

> まんちさん
わー!
けっこうむかしの記事ですのによくぞ読んでくださいました!
感謝感謝です。
久しぶりに再読して、小串の圧倒的な森林は深かったなあ、とかいろいろ思い出しています。再読のチャンスをありがとうございます。
まんちさんご主人のファミリーヒストリーも劇的で、血縁と自分の生き様との関連を考えたりしました。
まんちさんご主人の場合、何より著名人の直系孫というのが凄い事態ですよね。

オットはこんな環境で暮らす夫婦の子に産れたので、スイスに行ってもツアーメニューでは納得できない人間に育っちゃったのだとガッテンいただけましたでしょうか?(笑)
家族の辿った道って掘り返すとおもしろいですね。

EDIT  REPLY    
こにゃくう

ネンキン  

2019-05-20 23:24

はじめまして。
小串鉱山について検索しているうちにこのブログに出会いました。

今日、この地を訪問して来ました。

職員クラブまで行きたかったのですが、山の知識もない素人にはとても到達出来ませんでした。
ですが、当時のこの場所での仕事や生活の跡を感じ、胸がぎゅ~っとするような何とも言えない気持ちに浸りとても有意義な時間を過ごす事が出来ました。

こんな素晴らしい場所がある事に気づかせて頂きありがとうございます。

EDIT  REPLY    
こにゃくう

こにゃくう  

2019-05-20 23:25

> ネンキンさん
小串鉱山跡に行かれたのですね!
コメントくださってありがとうございます!
今や令和の時代ですが、昭和の高度成長期にはこんな所が地下資源の産地として発展していたんですね。
ちょっと昔の日本の姿。興味深い場所だと同感してくださって嬉しいです。
夏に向かって草が繁茂してしまっていたことでしょう。
私もそうでしたが道が見えませんよね。秋になって葉が落ちると道が判りやすいのかもしれません。
小串ファンとしてご訪問嬉しく思います。

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